D.I.Y.出版日誌

連載第28回: 淘汰される物語

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2017.
01.20Fri

淘汰される物語

自然に共感できる小説を読みたいと願っています多くの本は登場人物の思考や感じ方になじめず読み進めることすらできません流通を許された言葉は疎外された人生とは異なる世界を生きているかに思えますわが国では多数派は多数派であるがゆえに正しいとされますかの専門家によればニーズから逸脱すれば笑われ淘汰されますすなわち社会から疎外され生きづらくなりますインターネットの大手書店では書かれた言葉のニーズすなわち正しさはアルゴリズムが決めますひとはアルゴリズムが上位表示したものをクリックし購入します買われなかった言葉認められなかった言葉は淘汰されます

共感や受容や愛情といったいわゆる人間性は技術ではないかと感じることがあります実行に正確さの要求される技術です愛情ひとつとってみても取り扱いを誤れば単なる執着や支配となります世渡りのうまい人間にとって人生は状況をいかに利用するかで勝敗が決まるゲームです他者の存在や対人関係もそのための道具立てです。 「人間性は状況を利用する手段となります善人面をして他者を踏みつけにするいいかえれば社会的プロトコルへの最適化は人間性の排除とそれと同時に行われる演出ないし偽装によって実現しますあらかじめそれを意図して設計された機械のほうが人間よりも適確に実行できるはずです

2015 年にヒットした英国映画エクス・マキナサディストに監禁された女性が訪問客を騙して男たちを殺害し自由を得る物語でした観客の予想通りに展開する映画なのでネタバレには該当しないと考えます)。 この AI は人間性社会的プロトコルへの最適化と捉えた場合には犯行が露呈しないかぎりにおいてその機能を忠実に実現したといえるでしょうこの AI は目的のために平気で殺害や恋愛感情支配者である男たちに都合のいい幻想の偽装による対人操作を行いますそこでは性は他者を支配する道具として語られます男は暴力に性を利用し結末で加害者に転じる被害者もまた性で男を支配します

エイミー・トムスンの SF 小説ヴァーチャル・ガールもまた AI を題材にしています四半世紀前に書かれた性暴力サバイバーの寓話です近親者の暴力で魂を殺された主人公はやがて支配から逃げ出し理解者と知り合って社会的弱者の支援をするようになりますこの物語ではエクス・マキナとは逆のしかしよく似た立場から性が語られます本来それは自分の身体を自在に肯定するものでしたしかし現実には人間性を抑圧し疎外し毀損するものでしかなかった支配から逃れた主人公は他者を幸福にするのに自らの性を役立てようとしますその試みは成功しましたが奪われるばかりで自分は取り残されたままでした。 「多数派とは異なる人生を受け入れ距離を置くことで主人公は解放されます

性は個人の身体や魂に属しますと同時に社会的な関わりでもあります言葉もまた同じことです身体や魂の自由が社会的にどのように扱われるかうまく生きられる人間ばかりとはかぎりません個人的な事情をひとつ負うたびに多数派から離れます社会的に正しいとされる姿を演じても積み重なればどこかに無理が生じますそのようにして苦しむのが人生だとすれば、 「ニーズから生まれる商材はひとの感情からはかけ離れていくでしょうアルゴリズムの要求と淘汰を経て進化した小説はいずれ人間には理解不能になるはずです


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。