夢見る帝国図書館
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夢見る帝国図書館

「図書館が主人公の小説を書いてみるっていうのはどう?」
作家の〈わたし〉は年上の友人・喜和子さんにそう提案され、帝国図書館の歴史をひもとく小説を書き始める。もし、図書館に心があったなら――資金難に悩まされながら必至に蔵書を増やし守ろうとする司書たち(のちに永井荷風の父となる久一郎もその一人)の悪戦苦闘を、読書に通ってくる樋口一葉の可憐な佇まいを、友との決別の場に図書館を選んだ宮沢賢治の哀しみを、関東大震災を、避けがたく迫ってくる戦争の気配を、どう見守ってきたのか。
日本で最初の図書館をめぐるエピソードを綴るいっぽう、わたしは、敗戦直後に上野で子供時代を過ごし「図書館に住んでるみたいなもんだったんだから」と言う喜和子さんの人生に隠された秘密をたどってゆくことになる。
喜和子さんの「元愛人」だという怒りっぽくて涙もろい大学教授や、下宿人だった元藝大生、行きつけだった古本屋などと共に思い出を語り合い、喜和子さんが少女の頃に一度だけ読んで探していたという幻の絵本「としょかんのこじ」を探すうち、帝国図書館と喜和子さんの物語はわたしの中で分かち難く結びついていく……。

知的好奇心とユーモアと、何より本への愛情にあふれる、すべての本好きに贈る物語!


¥2,035
文藝春秋 2019年, 単行本 404頁
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著者: 中島京子

(1964年3月23日 -)2010年『小さいおうち』で直木賞。2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞受賞。2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞・歴史時代作家クラブ作品賞・柴田錬三郎賞を受賞。『長いお別れ』で中央公論文芸賞・日本医療小説大賞を受賞。

2020.
01.30Thu

夢見る帝国図書館

さまざまな立場に寄り添う視点で書く作家は、いまの日本にそう多くはないのではないか。そういう意味では安心して読めた。冒頭で語り手が風変わりな年長者に出逢い、後半でその人生の謎が明かされる。元ネタの『こころ』がそうであるように推理小説の趣もあるのだけれど、それほどすっきり割り切れない。謎が謎のままで終わるからではなく、書き方というか人物への踏み込みが不充分だからだ。肝心なところを迂回して書かれた印象がある。ジェンダーの話もそうだし、主題であるところの女性の人生もそうだ。解き明かそうとするほど見えなくなる種類の謎ではあるから、いいといえばいいのだけれど、何かいまひとつ食い足りない。登場人物が基本的にみんな善人で、思いきった残酷さ、汚さを回避しているからかもしれない。小説のありようとして、お上品にいい顔をしすぎている。あいだに挟まれる帝国図書館のくだりや、主題の女性が書いた小説の断片めいたものも、もうちょっと思いきって、やりすぎなくらい過剰に書いてもよかったのではないか。とりわけ帝国図書館の話は、中途半端にまんが的な書き方がされているのが性に合わなかった。笑いを意図するのであれば文体はあんな崩し方をしないほうがいい。擬人化するのかと思えば「もしも図書館に心があれば」といった仮定の話に急にトーンダウンしたり、どっちつかずの印象が拭えない。文体の遊びという面でいえば小説の断片のほうはそれらしかった。対比によって、元三流ライターである語り手の技量を示す意図だろうけれど、そうであるにしても、もっと極端に踏み込んだやりようがあったのではないか。本来は三倍の長さを要する小説だったと思う。何かを批判したと受けとられないようにあえて配慮したのではなかろうか。ジェンダーについて紋切り型の不自然な説明がいきなり出てくるあたりもそうだ。書けるはずの作家が口ごもっているような、口ごもらされているような、もやもやした感触が残る。ソーシャルメディアで話題になった作品が表紙を飾っている。たしかに魅力的なオブジェではあるけれど、そうしたものを装幀に用いるあたりからして、文芸作品としての鋭さよりソーシャルな体裁を優先した企画なのだなと感じた。もっといい本になれたはずなのに、残念だ。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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