絶望
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絶望

ベルリン存在のビジネスマンのゲルマンは、プラハ出張の際、自分と“瓜二つ”の浮浪者を偶然発見する。そしてこの男を身代わりにした保険金殺人を企てるのだが…。“完全犯罪”を狙った主人公がみずからの行動を小説にまとめ上げるという形で書かれたナボコフ初期の傑作!

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著者: ウラジーミル・ナボコフ

(1899年4月22日 - 1977年7月2日)帝政ロシアで生まれ、欧州と米国で活動した作家・詩人。米国文学史上では亡命文学の代表格の一人。自作の翻訳も手がけ、大小を問わず改作を多く行ったのみならず、その過程で新たに生まれた作品も存在する。

2020.
03.15Sun

絶望

好きなものしか書きたくない、それ以外はどうでもいい、という清々しいまでの強烈なこだわりで構築された『アーダ』とは真逆で、きらいなものが皮肉り倒される悪意に満ちた小説。とりわけ同性愛嫌悪がひどくて読みすすめるのが苦痛だった。村上春樹によく見られる、「同性愛者としての自分」を畏れる強迫観念がここでも取り上げられる。同性愛嫌悪はないものの、というかその種の差別にはむしろ敏感に反撥する作風ではあるけれど、ディックもまた鏡像ドッペルゲンガーに取り憑かれた作家で、彼お得意の、妄想と現実の描き分けというか、「信頼できない語り手」による一人称の主観でありながら、それが妄想であることを客観的に悟らせる技術は、ナボコフに学んだとしてもおかしくない。幻覚が一瞬揺らいで現実が像を結ぶとか、似ても似つかぬ無関係のものを混同するとか、統合失調症的な描写で巧みに仕込まれた伏線は、ナボコフ自身が映画化を望んだという逸話も肯ける視覚的な演出で、よく似た手法がディック作品では『ヴァリス』や『暗闇のスキャナー』に見られるし、映画でいえば近年話題になった『ジョーカー』(題材やプロットもきわめてナボコフ的)でもおなじ手法が使われている。相手が目覚める前にホテルを去る場面や、恨み辛みが書き綴られた手紙の描写は、あまりに生々しい差別的なあてこすりに思えた(そのように読めるべく意図されたことは作中で明確に言及される)。ナチに反撥した作家がなぜナチとおなじ悪意をもちえたのか、悪意があるならなぜここまで真実味のある描写をなしえたのか。彼の弟なら理解できたのかもしれないが、いずれにせよ作家とは複雑なものだ。鏡像への関心であると同時にこの物語は、『アーダ』がよくある通俗ロマンス小説からプロットを拝借したように、よくある替え玉殺人ミステリのパロディでもある。それも悪意そのもののパロディであって、「そんなに都合よく似た人間がいるはずがなかろう」という、多くの読者が感じつつ言及しない不自然を、あえてばか正直につっこんだらどうなるか、という、当時としては斬新であったに違いないギャグをやっている。前作『カメラ・オブスクーラ』の踏襲ないし発展であるとともに、本書の連載と同年に刊行された『郵便配達は二度ベルを鳴らす』のちょうど裏返しでもある人物配置には、通俗的な犯罪小説を嗤う意図があるのだろう。諧謔による実験がエンターテインメントの技法を拡張するのを実感させられた一方で、ナチが台頭した時代さながらの不安がメディアによって煽られる昨今、悪意や差別意識は現実だけでたくさんだよ、という気分にもなった。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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