主人公は難聴をきっかけに退職した元教授。 会話が成立しないがために疎外される様子は他人事とは思えない。 彼を追いまわす若い女子学生はサイコパスだ。 心の隙に入りこんで他人の人生を振りまわし、 社会的な死へ追いやることで自我を保つ。 離れて暮らす父親は、 元教授が初老であるからして当然、 年寄りであることのベテランだ。 老人力がつきすぎて惚けはじめてる。 主人公はその心配もせにゃならんわ、 ガキ臭いお色気サイコパスには振りまわされるわ。 おまけに再婚相手ときたら、 金持ち相手の商売で成功したデキる女で、 難聴ニートの元教授は、 何かと引け目を感じなきゃならない。 あげくのはてにアウシュビッツくんだりまで旅行して、 死についてクヨクヨ考える始末。
噛みあわない会話。 コントロールされる不安。 同居人からの軽蔑。 そして自身よりも一足先に、 肉親へ迫る老いと死⋯⋯。 だれの人生にもあるあれやこれやが、 センテンスの隙間からよみがえる。 筋運びがまた巧い。 社会から疎外された主人公。 ただでさえハンディキャップのある彼のもとに、 若い女が厄介な事件を持ちこむ。 女の動機はいったい何か? 探るうち別の揉め事まで浮上。 あのトラブル、 このトラブルが錯綜し、 幾重にも絡みあいもつれあう。 すったもんだのあげく舞台にツイストがあって、 もどってきたときには物語は様相を変えている。 そうして謎を解き明かした主人公が、 トラブルの元凶や、 被害を拡大させたまぬけを断罪する。 比喩と筋が渾然一体となってるのがいい小説の条件だが、 まさにそんな話で、 聞きまちがいや言葉遊びが皮肉なギャグを装いながら、 全体をまとめあげる。 そして物語はハッピー・エンドを迎える。 勃たなくなるほど老け込んじゃいないとはいえ、 そこは元教授、 年の功。 最後には諸問題に、 ばっちり決着をつける。 黄泉の国から知恵を授かって帰還したみたいに。