紙の本では結構な厚さらしいのだがそうは感じさせず一気読みした。 ファンにはおなじみの 「ほうぼう探したんですよ」 という台詞などもあり期待は裏切られない。 コニー・ウィリスはこれまでにも望まぬ相手から呼ばれつづけて望む相手はつかまらない、 というドタバタを好んで書いてきた。 喜劇としてのその技法は 『ドゥームズデイ・ブック』 では宗教的な主題をも支えていた。 二千年前にどこかへ行ったまま戻ってこない男をわれわれは呼びつづけているのであって、 いつまでもつかまらない彼の不在中に起きるできごとが小説となる。 『クロストーク』 における発明はその技法を一転して卑近な恋愛を描くのに使ったことだ。 灯台もと暗しというかあまりにそのままの発想なのだが逆になかなか思いつかない。 やはり巧い。 おもしろかった。 のだけれども不満もある。 一般的にジャンルものは話をジャンルに寄せすぎると真実味が薄れてつまらなくなる。 この小説はロマンティック・コメディではなく SF であったらしい。 七割進んだあたりの山場から SF に寄せすぎて恋愛の扱いが雑になった。 その直前まで SF は添え物にすぎず登場人物は活き活きとして説得力があった。 ところがどうでもいい屁理屈にこだわったがために 「相手の男とうまくいくのか」 という物語の主題が中途半端に扱われた。 運命の相手との誤解による一時的な別離が本来は山場となるはずだった。 SF 的な屁理屈はその口実として機能しさえすればよい。 確かに SF 的な仕掛けによる別離はあるのだが、 そうであるならば相手への不信はもっと強調されるべきだし、 そのことで生じる対立や葛藤こそが描かれねばならない。 単なる口実として別離を演出するはずの屁理屈が前面に出て、 恋愛はあべこべに SF 的な謎解きの材料のように扱われた。 それまではあたかも目の前に実在するかのように感じられた登場人物がとたんに紙人形になった。 もとより SF としては別に新機軸ではない。 特筆すべきはいちいち説明せずに内的世界と現実を行き来する描写が自然であることくらいで、 それ以外はむしろスマートフォンやソーシャルメディアの扱いがおかしい、 といった欠点が目立つ。 であれば 「SF はどうでもいいんだよ」 という態度に徹するべきなのに中途半端に矜持を見せたものだから SF としてもロマンティック・コメディとしても中途半端になった。 七割までは夢中で読んだだけに残念だ。 あとどうでもいいことだが主人公が軽すぎる、 頭ではなく尻が。 そのあたりは生活を基盤に恋愛を描く獅子文六のやり方のほうが優れていると感じる。 かといって別に小説としてだめだったわけではない。 終盤がやや不満だというだけだ。 連載中の 『ぼっちの帝国』 の主人公はコニー・ウィリスに影響を受けている。 参考になりそうだと感じて読んだ。
ASIN: 4153350427
クロストーク
by: コニー・ウィリス
画期的な脳外科手術EEDを受けることにより、恋人や夫婦がたがいの気持ちをダイレクトに伝え合うことが可能になった社会。携帯電話メーカーのコムスパン社に勤務するブリディは、エリートビジネスマンでボーイフレンドのトレントとの愛を深めるため、干渉してくる親族たちや、コムスパンいちの変人と名高いCBの反対を押し切って、EED処置を受ける。だが、ブリディが接続したのは、トレントではなくとんでもない相手だった!?人の心がわかることは幸福につながるのか?ソーシャル・メディアとコミュニケーションの未来を、SFならではのテーマとミックスする、超常恋愛サスペンス大作。
¥2,970
早川書房 2018年, 新書 720頁
特集: 女たち
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読んだ人:杜 昌彦
(2019年04月08日)
(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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