カメラ・オブスクーラ
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カメラ・オブスクーラ

裕福で育ちの良い美術評論家クレッチマーは、たまたま出会った美少女マグダに夢中になるのだが、そこにマグダの昔の愛人が偶然姿をあらわす。ひそかに縒りを戻したマグダに裏切られているとは知らず、クレッチマーは妻と別居し愛娘をも失い、奈落の底に落ちていく……。あの『ロリータ』の原型であるナボコフ初期の傑作。英語版と大きく異なるロシア語原典の独特の雰囲気を活かし、細部の緻密な面白さを際立たせた野心的な新訳。

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しっちゃかめっちゃかなノワール喜劇

読んだ人:杜 昌彦

カメラ・オブスクーラ

こんな題名であるからして意図的に視覚的な描写がなされていたりプルーストみたいな意識の流れ文体をちゃかしてみたり内容からいってもほぼ同時代の郵便配達は二度ベルを鳴らすに極めてよく似ている性的資源とひきかえに年上の男を食い物にするくらいしか若い女に這い上がる手段がない世界そういう女を通じて他人につけいり破滅させて楽しむ若い男はチーピーなる人気キャラクターで一発当てた画家でもあるのだけれどこのチーピーがどうも必ずしもプロット上の必然があるとは思えないプルーストのパロディにしてもそうでだから自分で英訳したときに削ったのかもしれない初期の作品だけあってプロットが明快でストレートな娯楽小説として読めるのにところどころにそういういびつな要素がまぎれこんでいてそれがむしろ本筋よりもおもしろいチャンドラー顔負けの変てこな比喩やら発達性協調運動障害を思わせる運転下手の描写やらハメットも運転できなかったそうだ映画が当たったおかげで高価な車を所有していたというのにもちろん文体上の工夫やらプロット上の要請やらではあるのだけれどそれだけではなしに著者自身のなんらかの発達障害を示唆するもののように感じられたフィリップ・K・ディックの小さな場所で大騒ぎ戦争が終り世界の終りが始まったといった主流小説を連想させられもしたというかディックは普通に影響を受けてるんだろうなディックもそうだけれど異常人格のいやなやつを描くのがナボコフはとにかくむかつくほどうまいいるいるこんなやつと思わされて苦い気持になる三人の異常者はそろいもそろってみんな最悪の屑だしそいつらに関わったせいでさんざんな目にあわされる家族は本当にただまっとうに暮らしているだけの善人で何もこんなひどい仕打ちをしなくたっていいだろうと著者を恨みたくなるまるで普通の人間に何か個人的な恨みでもあるかのようだたしかに主人公も破滅するのだけれど彼は望んでそうなったのだからむしろ幸福と見なさねばならない昭和のお父さんたちのふるまいを見て育った子どもの頃は当時はそれが当たり前だったので中年男性はすべからくペドフィリアなのだろうと思わされていた自分がその年齢になってみるといやけっしてそんなことはない年の離れた相手を好むのはよほど幼稚なやつだけだしまして子どもに執着するのは精神異常だそもそも性的欲求が人生の重要な部分を占めている時点で正常ではないそのあたりの生理的感覚でちょっとモヤモヤさせられたのだけれどしかし書名からしても作中における数々の描写からしてもどうもこの主人公がわざわざ好きこのんで破滅の道を選びとったのはその妄念の生じた場所が映画館の闇であったからではないかという気がするバイト少女に対してというよりも映写機からの一条の光に浮かび上がったその瞬間の光景にやられてしまったのだ現実に存在しないものに執着して身を滅ぼすそういう強迫観念彼の職業を思えばじゃあしょうがないとも思えるけれどもその幻想を現実に見出そうとする感性はやっぱりどうも説得力を欠くあるいはその瞬間こそが被害者の脳内であとからつくられた幻影なのかもしれない洗脳であるいは子どものような加害者らに支配された自己を正当化する生存手段として。 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッドマンソン・ファミリーに食い物にされた農場主の描写を連想したサイコパスに生活に入り込まれ支配される事件は現代の日本でもしばしば報じられるところでいずれにせよ胸の悪くなる話には違いないよくできた小説ではあるけれどだからこそ読後感は最悪だった

(2020年02月11日)

(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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AUTHOR


ウラジーミル・ナボコフ
1899年4月22日 - 1977年7月2日

帝政ロシアで生まれ、欧州と米国で活動した作家・詩人。米国文学史上では亡命文学の代表格の一人。自作の翻訳も手がけ、大小を問わず改作を多く行ったのみならず、その過程で新たに生まれた作品も存在する。