うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第6回: デリヘル先輩

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.06.15

 「ここも空いてないっすね~」
 三つ下の後輩はそう言うなり、続けざまにこうも言った。
 「でも、可愛い子一人もいなかったっす。ブスばっか」
 混み合ったスタンドバーで、空席がないか店員に尋ねて待っていたところ、一分もしない間に、暖簾の隙間から店内を窺っていた彼は、女性の顔の品定めをしていたようだ。
 「あの短い間に、そんな瞬時に見分けてたわけ!? てか、見るとこそこ? てか、失礼やろ」
 冗談交じりにしか返せない自分にもほとほと呆れながら、笑って問うた。
 「えー、普通見ないっすか?顔。ブスしかおらんかった」
 彼もまた無邪気に笑いながらそう返す。
 私は姉の顔が一瞬過ったことと、顔面に対する己のコンプレックスに縁がない人間でもなかったので、少し真面目な口調になる。
 「てかさ、薮田くん、ブスブス連呼しすぎやろ。君、一人っ子?もしかして男に囲まれてた?」
 「いや、女っすね。四人女で、自分真ん中っす」
 私は少し衝撃を受けた。男の、女性に対する美醜に関しての物言いのキツさは、女兄妹を持つか持たないかが一つの指標になるとばかり思っていたのだが。
 「じゃあなんでそんな口悪いの」
 「いま一緒に暮らしてる人の影響っすかね~」
 彼はいま、男数人でルームシェアをしているとは聞いていたが、やはり環境のせいではあるらしい。
 二軒目に回った立ち飲み屋もすでに満席。時刻はまだ夜の七時半だというのに、この賑わいよう。どこもかしこも、出会いを求めた男女が、夜の街でひしめき合っている。

 「ここから少し歩いたところに姉妹店がありますよ。そこならまだ空いてるみたいです」
 店員さんに道順を教えてもらい、その店を最後のあてにして歩き出した。そこで例の会話は生まれた。
 三軒目の店内は、空いてはいたものの、男女のカップルが数組、カウンター席に腰掛ける一人飲みの男性客、あるいは女子会といった雰囲気を醸している女性客などが占めており、出会いを求めているふうの女性客は見当たらず、とりあえず小腹を満たすことにした。

 「今日はこのままだと無理そうっすね~」

 彼を誘ったのは私だった。数日前、「カフェで一目惚れした」という女性に甘いお菓子と連絡先を添えて渡したものの、見事に拒絶され憔悴して落ち込んでいた彼に、「スタンドバーでも行く?」と声を掛けたのだ。
 「なんか普通に、彼女と来たいっすね。ここ」
 たしかに雑居ビルの四階から見下ろす夜景はなかなかに綺麗なもので、店内に入れ替わりで入ってくる客層も、カップル率が高めなのも頷ける。
 「彼女ねえ…」
 「なんか面白い話ないんすか?ぶっちゃけ話みたいなヤツ。あ、そういえばデリヘルの詳細聞かせてくださいよ。一回も利用したことなくて」

 私はこれまでに両手の指で数えると、少し足りないくらいの回数、デリヘルのお世話になったことがある。
 寂しさを紛らわすため、癒しがほしいから。色々な理屈を捏ねるのは簡単だが、要するに自慰では事足らず、肉体が触れ合うことでしか解消されることのない類の性欲が溜まっていたから利用していたのだ。

 「なぜ風俗ではなくデリヘルなのか」多くの男性であればそのような疑問を持つことと思われる。コスパ的にもデリヘルのほうが割高だ。簡単に言えば、ただ度胸がないだけだ。いかにもなお店へと足を運び、いかにもな強面のお兄さんと交渉し、部屋に案内され、ことに至る。そんなの想像するだけでもう、あそこ以外の全身がカチコチに硬直してしまう。それを誰とも知らない誰かに見られることが怖いのだ。その点、デリヘルであれば、ラブホテルに引きこもったまま、電話一本でお嬢さんのほうから扉の前まで出向いてくれる。ようはリスクヘッジである。
 それに、私はただまぐわうだけの性交体験よりも、人と人との会話や、肌に触れるということのほうに多幸感を覚える。短い時間で性交体験を得るよりも、少しでも長い間、肌を重ね、「自分がここに居る」という実感を持てる成功体験をしたいという欲求のほうが強いのだ。

 言い訳はもういいわ。それは単に腰を振るセックスが下手なんだよ。

 そんなわけで、どんな経緯で後輩にそのことを話してしまったのか、いまはもう忘れてしまったが、(いや、単なる男の武勇伝として、というよりも、「あっけらかんとした様」を空虚にも後輩の手前、示そうとして、そんな隠し立てはせんよ、おれはそういう男じゃきー、という浅ましく腑抜けた意気地なプライドから、浅薄にも語ってしまったのかもしれない)

 「このままダメだったら、いまから行く?」
 ジントニック半分で気が大きくなっていたことと、デリヘル利用の手順を説明するうち興に乗ってきた私は口走った。
 「え、いいっすね。今から行きます?わー緊張してきた!」
 「デリヘル先輩って呼んでもいいっすか?」

 「わからないことあったら聞いてよ。ホテル空いてるか電話してみるわ」
 仕事で憂鬱なこともあった。実は私も近頃、溜まっていた。性欲ではない。性欲なら昨日廃棄した。溜まっていたのはストレスだ。

 そもそも今日は端から下心があった。後輩を慰めるためというのは建前で、本当は自分を慰めたかったのかもしれない。デリヘル先輩という言葉を彼の口から発射させたのも、本当は私の誘導による仕業だったのかもしれない。

 我々は早速勘定を済ませ、流れのタクシーを拾い、二人でラブホテルへと向かった。時刻は九時を回っていた。

 ぼかしの入った写真を眺め、プロフィールを確認し、「君に決めた」と電話をかける。オレはマサラタウンのサトシ。本当は生まれたとき、うへにするかサトシにするかで揉めたそうだ。揉み揉み。

 私は小学生の頃から、男子たちの間で交わされる猥談が苦手だった。女子のいないところで、女性の体の一部を連呼したり、誰それのパンツが見えたとか、胸がどうとか。
 そんな話題が持ち上がるのは、決まって明るい連中の間でだけだった。女子たちとも忌憚なく雑談を交わし、笑顔で振舞っていた連中。小学生の頃に明るかった連中は、中学になると、ヤンキーか、校則にはルーズな成績優良者になった。
 つまり、男子の間で交わされていた猥談は、ヤンキーか、校則にルーズな成績優良者に限られていた。日頃女子たちからキモイキモイと言われていたオタク系、あるいは根暗系男子が、そんな話をしているのは見たことがなかったし、そういう話をヤンキーから持ち掛けられると、苦笑いをしながら困惑した表情を浮かべている姿しか見たことがなかった。
 私はそんな奴らを内心で憎み、厭悪していた。女子もなぜそれを見抜けないのかと、驚き、落胆した。
 人生には、日の当たる場所と日の当たらない場所が、はっきりと決まっているようだ。一人の人生に夏と冬は同時にも、ましてや交互にもこない。ただあるのは、夏か、冬か。その二択だけだ。

 私はこの日、夢中で舐めた。嬌声を上げるマリナちゃんの恥部を。演技でも、構わなかった。もう、私はいろいろなことに疲れ果てていた。そして、型通りに形勢逆転し、果てた。

 「熱が40度近くあるんでお休みします…」
 こんな高熱いつぶりだろう。昨日はお酒も二杯しか飲んでいないし、夜遊びのあとは、後輩とはすぐに別れた。
 病院で薬をもらって服用し、いまは部屋で横になっている。熱くてなかなか寝付けない。

 ほどなくして後輩からLINEがきた。
 「体調大丈夫っすか?」
 「うーん、39.6度ある。きつい…」
 「性病もらったんじゃないんすか?w」

 ほんとにこの子は…。

 「もしかして、舐めました?」

 「そりゃ舐めるでしょうよ」

 「えw 僕、チューすらしなかったすけどw」
 「デリヘル好きな友達が舐めたら性病もらう可能性ある、って言ってたんでw」
 「デリヘル先輩www」

 薬の名前で検索してみると、聞き覚えのある性病の名前が書かれてあった。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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