杜 昌彦

ぼっちの帝国

連載第43回: 血と言葉

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2019.08.06

 六年ぶりの書き下ろしを加えて出版された『血と言葉』は連載中断による空白期を感じさせなかった。それどころか著作中もっとも田辺美樹らしい小説といえた。
 児童漫画のような極めて大衆的なコンテンツで使い古された常套句クリシェを、物語の下敷きとすることでナベミキ作品は知られている。ただしその引用には決まって悪意がある。読者が何の疑いも抱かぬ価値観の欺瞞を暴く装置として用いるのである。
 たとえば百発百中の拳銃使いは愛や正義を謳いながらサディズムを美化する。男性教師に恋する女子生徒は、性的搾取をあたかも幸福な夢であるかのように粉飾する。かくして社会は円滑に再生産され、子供たちは暴力にロマンティシズムを感じながら育つ。それが商売というものだ。
 ナベミキはそうした安直なプロットを臆面もなく多用する。しかし読者が当然のように期待するものは得られない。八紘一宇の帰結として国が滅びたように、虫のいい夢の先にあるべき現実が無造作に放り出される。恋は搾取で、愛や友情は口実にすぎず、正義は暴力のいい換えであり、ロマンティシズムはサディズムでしかない。それゆえ多くの読者は彼の視点に居心地の悪さを禁じ得ない。
 先が気になる展開、ときに思わせぶりでときに感じ入らせる語りの魅力。それらの巻を措く能わざる力もさることながら、彼の本が売れたのはむしろその違和感こそが理由だったかもしれない。口当たりのよい砂糖菓子に混入したガラス片は、ひとたび味わえば忘れられない。
 厭だ。嫌いだ。もう二度と読むものか。金と時間を返せ。そう思ってもしばらく経てばまた手を伸ばす。読んだものの正体を確かめたくなる。再読のたびに新たな発見がある、麻薬のように癖になると愛読者は口々にいう。
 ナベミキ作品はソーシャルメディアの生贄にも適していた。高く評価されているものを貶めれば、労せずして相対的に自らを高められる。直木賞を受賞した処女長編『Fの肖像』は、アンダーグラウンドな匿名掲示板しかなかった当時でさえ、報じられた授賞式での態度も相まって激しい毀誉褒貶を招いた。
 売れ行きが悪名を呼び、悪名が売れ行きを高めた。六年間の空白期を挟んで『ぼっちの帝国』CEOとして戻ってきた今日に至るまで、ナベミキは読者を困惑させる作家でありつづけた。
 技量のさらなる成長を遂げた最新作はある種の凄みを伴って読者に訴えた。あたかも大衆を激怒させておきながら、彼らの前に自らの裸身を投げ出すかのようだった。
 中年にさしかかった高校教師と、境界性人格障害の女子生徒との関わりから物語ははじまる。教師は仕事に熱意がない上に禁じられた副業をしている。生徒は援助交際の男に連れられて小さなバーを訪れる。そこで住み込み従業員をしていた教師に執着心を抱き、つきまとうようになる。
 拒絶された彼女は嵐の夜に店に忍び込んで教師を強姦し、口止めと引き換えに交際を迫る。
 生徒の母親は自己愛的な社会病質者で、カルトじみた自己啓発セミナーを主催している。娘を穢した教師への復讐という口実を得た彼女は、世間の注目を浴びるためだけに高校の襲撃を計画する。
 母親はウェブ上で公開された設計図をもとに、洗脳した信者らに自動小銃を密造させる。金属粉末を用いた立体印刷機という技術が詳述される。荒唐無稽な印象を与えるが実在の技術である。装飾品と称して弾薬を密輸する手口も一説によれば実際の事件を参考にしたとされる。
 娘は母の企みを知らない。才能に気づいた教師の指導のもとで彼女は小説を書きはじめる。その小説はウェブ上で公開され話題になる。出版手法と母の密造銃が重ねられ、気質の遺伝的な類似性がほのめかされる。
 女子生徒の幼馴染みが関係に気づいて教師を脅迫する。噂も広まり校内での立場が危うくなる。
 高校で文化祭が開催される。生徒が在籍しているとの噂を聞きつけた見物客が日本中から殺到する。携帯を手に匿名作家を探すひとびとで校内は混雑する。
 その混乱に乗じて犯行が行われる。母とその信者らによってわずかのあいだに大勢が殺害される。
 社会病質者の血筋は彼の著書に触れたことのある読者ならおなじみの題材である。女子生徒とその母親に加え、脅迫され創作を教える男もまた暴力団組長を祖父に持つ。だれもが傷や歪みや病を抱えていて、まともな人物はひとりとして登場しない。
 そして学校銃撃事件もまた、処女作から一貫して強迫観念のごとく執拗にくり返し描かれてきた。しかしここまで直截で具体的に語られた作品はかつてなかった。三十二年前の事件と細部に至るまで一致していることが読者の検証で明らかにされた。実際に経験していなければ書けないとまで評された。
 事件の生存者ではないかとの説は熱心な読者のあいだで以前から囁かれていた。その噂が改めて再燃した。以前と異なるのは『ぼっちの帝国』の人気とソーシャルメディアの普及率、それに出版社が販促に投じた大金とが相まって、普段は読書に縁遠いひとびとまで巻き込んで話題となったことだ。
 扇情的な広告戦略はあたかも憶測を裏付けるかのようだった。新聞やウェブサイトに掲載された宣伝文や画像はいずれも事件と著者との関係をほのめかした。
 ソーシャルメディアが噂を拡散した。テレビや新聞といったマスメディアも取り上げた。被害校には犯人の息子が在籍していたはずだとされた。精神疾患の疑いから当時は公表されなかったが検索すれば田辺直継なおつぐなる氏名がヒットする。苗字も年齢も一致した。
 勢いづいたかのように無数の匿名アカウントがもっともらしく語りはじめた。親戚が同級生だった、校内で有名だった、事件後に転校した……。評論家から一般人に至るまでだれも彼もが何かをいいたがった。それらのアイコンは例外なくアニメからの無断借用だった。ウィキペディアでは編集合戦が生じた。
 失踪で連載が途絶したのは文化祭直前のくだりだった。心理的な重圧から書けなかったのだとも関係を悟られたくなかったのだとも噂された。
『ぼっちの帝国』には厭がらせや脅迫の投稿が殺到した。コミュニティは崩壊し、再びつながりにくくなり、サービスは機能しなくなった。やがていつ見てもメンテナンス中になった。運営企業の評価は急落した。終わったサービス、などと呼ばれた。
 事態を最終的に決定づけたのは週刊誌に掲載されたインタビュー記事だった。そのなかで田辺美樹は問われるまま、促されるままに犯罪者の息子である事実をあっさり認めていた。
「止められなかった。わかっていたのに」とその記事で彼は語った。「あれからずっとあの時間を生き直しているみたいな気がする。くり返し何度も。だからそのことを書くのかもしれない。過去を書き換えようとしているのかも。書いていればいつかはおれも両親もまともになって、何もなかったことになる。殺されたひとたちがいまも元気に、そうあるはずだった人生を生きている。ばかげているけれどやめられない。仲間と『ぼっちの帝国』をはじめたのはそこから逃れるためだ」
「友人たちを利用した?」と金舟。
 美樹は肯いた。「おれは卑怯な人間だ。大勢を見殺しにした。まともな人生を生きるはずだったひとたちを。そうして欠陥のある遺伝子を生き長らえさせている」
「もう一度訊きます。どうして書くのですか」
「死ねないからだ。卑怯で、臆病なんだ」
 金舟は出版プロモーターを自称し、さも著者の代理人であるかのごとくにふるまった。過去の作家を表舞台に引き戻した立役者であるかのごとくに。『血と言葉』が爆発的なベストセラーとなり社会現象となると一躍時の人となった。ワイドショーや特別番組に引っ張りだこだった。
 満を持して特別番組が放送された。雑誌掲載のインタビュー時に収録された映像を軸に、三十二年前の事件を絡めた内容だった。当時の報道映像や生存者のインタビュー、検証CGなどが流れた。明日香が観た古い番組の使い回しだったがだれも気にしなかった。美樹の発言は独善的に見えるよう「わかりやすく」編集されていた。ほとんど寝ていないがゆえに憔悴し放心した表情は冷酷非情の顔つきに見えた。
 番組は六十%という驚異の高視聴率を記録した。
 金舟は作家の言葉と称して思いつくまま、気の向くままにあらゆることを語り倒した。
「犯人の息子、田辺美樹はなんと両親の犯行を予期していながら何もせず、大勢を見殺しにしたと認めました。『血と言葉』はその悔悟の念を綴った書物なのです!」
 メディアの喜ぶイメージをつくってやっているんだ、と金舟は恩着せがましく考えた。自分でもその気になればあのくらいは書ける。わざわざ手を汚すまでもない。居場所を探り当てて再デビューをお膳立てし、あの本を書かせたのはおれだ。すべてはおれの功績なんだと考えていた。自分は天才なのだと。
 同じように妄想する人間が珍しくないことを彼は知らなかった。出版社にも広告代理店にも新聞社にもテレビ局にも、それらの下請け、孫請け企業にも、アニメアイコンの匿名アカウントにさえもありふれていた。田辺美樹を貶めようとするだれもが彼のように考えた。
 本は売れに売れた。いくら増刷しても足りなかった。都会の大型書店に平積みの塔が出現する一方で、地方の個人商店には品切が続出した。取次が悪役にされた。電子書籍の普及に一役買ったなどともいわれた。図書館の予約は数年後まで埋まり、無料貸本屋だのなんだのと議論になった。通勤電車で乗客のほとんどが読んでいる光景にだれも驚かなくなった。
 すべては柳沢美彌子の思惑通りだった。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『逆さの月』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。最新恋愛小説『ぼっちの帝国』連載中。
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