うへ

大人って歯も上手く磨けない

連載第28回: Badman

うへ書いた人: うへ, 投稿日時: 2020.09.02

 「ふうむ……」面接官はそう言うなり私が提出した職務経歴書に一通り目を通したあと、それをパサッと机の上に置いた。
「キミ、この歳までなにしてたの」
 私の足よりも太そうな両の前腕を机の上に載せ、指先でトトン、トトンと神経質な音を立てている。
 それは私が聞きたいよ、と思いつつ質問されるとわかっていながら、その返答を用意していなかった自分を内心で詰った。
「……はあ、そう、です、ね……」
 俯きながら、言葉を小間切れにして時間を稼ぐことしかできず、我ながら惨めだな、と思う。
 暑さのせいでこめかみを流れたはずの汗が、私に冷や汗だと錯覚させ、完全に思考停止状態に陥った。
 
 どうしていつもこうなのだろう。悪い予感、悪い想像はいくらでも働かせることができるというのに、それが活かされたことなど一度もない。
 準備が悪いからだと言われればそれまでだが、面接のために用意する答えは、必ずしも本音であってはならないというのもまた事実だろう。
「この歳まで、なにをしていたのか」 
 面接用にコーティングしないのであれば、答えはこうだ。
「自分に自信が持てず、人目を避け、責任の少ない仕事を選んできました」と。

 過去ではなく、これからどうするのかが大切だと、多くの人は説くが、そこに年齢と職歴は加味されていないようだ。

「まあ、大丈夫ですよ。経歴と志望動機しか見ませんから」
 
 電話で詳細を尋ねたとき、採用担当と名乗る男性はそう述べた。

 学歴コンプレックスに加えて、職歴コンプレックスのある私にとって、それはなんの慰めにもならなかった。
 むしろ私が勝負できるとしたら、自己PRくらいなもので、そこを考慮の対象外とされたなら、もはや動機のみで勝負せよと言われているようなものだ。

 ダメ元で書類を送ると、なぜか面接の日取りが決まった。
 書類選考に通ったということは、ひょっとすると……と考えていた10分前までの自分がどれだけノーテンキであったか。帰り道の電車で自虐するネタが増えたわい。

 背筋を伸ばして座る習慣のない、猫背な私は、すでに姿勢が崩れてきているのがわかっていたのだが、姿勢を正すということは胸を張るということであり、胸を張るということは自信家のようなイメージを相手に与える可能性があり、それはこの状況下では明らかに齟齬があり、おかしい人扱いされることを恐れたため、私は、姿勢を保ついい塩梅を求めて、妙な姿勢でくねくねと上半身をストレッチも兼ねて動かしていた。

「アルバイトしか経験ないんでしょ? ん〜、バイトと社員じゃ責任の違いがね〜…」
 その責任感とやらを得るために、腹を括って職を探しているのだが、「責任感を得るためには責任感が必要です」では、「通行手形があれば通れます。ただし通行手形はこの門の向こうにあります」という理不尽な要求をしていることになるのではないか。
 それともなにか、私にそれを「盗ってこい」と仰っているのだろうか。よし、であるならば……。

「とおりゃっ!!

 私は私の責任感から、この書類を自分の手でシュレッダーにかけることを心の内で誓って、部屋を飛び出した。

 こんなもの、人様に晒してはお目汚しになるのだ。

 私は責任感のある人間になるため、責任を持って家に引きこもることに決めた。
 こうすればいつの日か、責任感のあるやつだと認められて、正規雇用される日も来るだろうか。私はその日が待ち遠しくて、帰りの電車で泣いた。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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