アッシュベイビー
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アッシュベイビー

キャバクラ嬢のアヤは大学時代の同級生であるホクトと些細なきっかけから同居を始めた。彼は小児性愛者で、大人の女には見向きもしないのだった。ある日、ホクトの知人である村野という冷淡な男に出会い、アヤは強い執着を抱く。しかし、ホクトが家に赤ん坊を連れ込んだことから、すべてが歪み始めた…。欲望の極限まで疾走する愛を描き、いびつな真珠のように美しく衝撃的な恋愛小説。


¥462
集英社 2007年, 文庫 192頁
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著者: 金原 ひとみ

(1983年8月8日 - )日本の小説家。2003(平成15)年『蛇にピアス』ですばる文学賞。翌年、同作で芥川賞を受賞。『トリップ・トラップ』で第27回織田作之助賞、『マザーズ』で第22回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、『アタラクシア』で第5回渡辺淳一文学賞を受賞。

金原 ひとみの本
2020.
10.12Mon

アッシュベイビー

好きな娘ができた。ピロートークでその娘が好きな小説を訊いたらこの本を挙げてくれた。翌日本屋に行ったら置いてなかったのでAmazonで取り寄せた。届いてから二日で読んだ。感想はまだ伝えていない。ここに綴ることをそのまま話すつもりだ。金原ひとみは前の彼女に「たぶんこの作風気に入ると思う」と言われて試しに『憂鬱たち』を読んだら気に入った。だけどそれ以上深入りしようとは思わなかった。それから時は流れ、今年になって、とあるWEB記事を読んだ。そのなかで金原ひとみの言葉に妙に納得させられた。たしかこんなものだったと思う。“あらゆる不謹慎な小説を読んできましたが、重要なのは、どれだけきちんと描くことができるのかということだと思います。ノリで描くのではなく、どれだけ苦しさを感じている人たちの本心に肉薄できるのか。”たしか、と言いながら記事が見つかったので引用した。(引用元:https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/buzzfeed/nation/buzzfeed-5563831)こうした言葉をいま紡げる人が、日常のなかで見ている景色とはどういったものなのか、すごく気になった。それでこの記事をきっかけに今年出版された彼女の初のエッセイとなる『パリの砂漠、東京の蜃気楼』を読んだ。相も変わらず憂鬱という言葉がぴったりと似合う小説世界とそれほど違わない作品だった。(子供ができたことで少しその視点は大人びているとは思ったけれど)きっと彼女はこの「鬱」と「恋」というテーマとは切っても切り離せない業のようなものを背負っているのだと思う。才能に呪われた作家。で、だ。この『アッシュベイビー』が書かれたのは、デビュー作『蛇にピアス』の次に出版された本なのだそうだ。うん、この『アッシュベイビー』がAmazonレビューや読メのレビューなどを見てもその大半が低評価なのは頷ける。胸糞悪いからだ。(それに、本人が最近発言したような「肉薄」が出来ているとは到底言い難い)だが、彼女の小説の醍醐味はこの胸糞悪さにあると思っている。『憂鬱たち』を読んだときもそうだった。だがこの胸糞悪さこそが心地よいと感じる倒錯した人間である私にとっては、吐きたいときに鳩尾に自らぐっと手を差し入れ、嘔吐するときの快感に似ている。その瞬間こそ気持ちよさを覚えるものの、シラフの状態でそのようなことをしたいとは思わない。だから私は彼女の小説を続けて読もうとは思わなかったのだ。あのときと同じ感覚。という書評もすべて、じつは好きになった彼女に対して取り繕ったものであるのかもしれない。それとも前の彼女がおすすめしてくれた思い出の作品を、過去を美化したいがために評したのものかもしれない。人間はでっち上げるというのが本当に得意な生き物だな。彼女を好きになった理由も、連ねようと思えば拙く青臭い言葉を並べることも容易い。21という若さ。読書好き。物書き。落ち着き。会話の間。達観したような考え方。返信の遅さ。性に対する奔放さ。女はセックスを契機にして男を好きになるというが、私にずっと好きな人間ができなかったのも、このためかもしれない。(私は男のはずだが)手順を踏む恋というものが現代のスタンダード。だがセックスで始まる恋というものがあってもおかしくはないのではないか。贔屓目なしに言って、顔も裸体も気に入ったし、振る舞いだって私の心をくすぐってくる。少なくとも一度寝たくらいで捨てる気にはならない。一緒にどこかへ(もちろんホテル以外で)遊びに出掛けたい。彼女にはそれだけの魅力がある。書評のつもりが単なる惚気のようになった。オープンにしたくはないが、吐き出したい。だからエッセイではなく、書評という形でここに書かせていただいた。杜さん、すみません。


趣味でしかものを書いたことのない、名無しの素人エッセイスト(自称)。 この度、どういうわけか当サイト「人格OverDrive」の主宰者である杜 昌彦氏に「掲載してみませんか」とお誘いいただき、こちらに寄稿することに。 29年間、苦しそうなこと、辛そうなことから逃亡している人生。フリーター。 寄稿するジャンルは妄想エッセイ。虚実交えた物語を書いていきたいと思います。
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