アーダ
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アーダ

美しい11歳の従姉妹アーダに出会ってまもなく、14歳のヴァンは彼女の虜となった。青白い肌の博学なアーダと知的なヴァン。一族の田舎屋敷で、愛欲まみれの恋を繰り広げる二人はしかし、ある事情により引き裂かれる。著者の想像力と言語遊戯が結実する傑作長篇!


¥2,750
早川書房 2017年, 単行本 414頁
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著者: ウラジーミル・ナボコフ

(1899年4月22日 - 1977年7月2日)帝政ロシアで生まれ、欧州と米国で活動した作家・詩人。米国文学史上では亡命文学の代表格の一人。自作の翻訳も手がけ、大小を問わず改作を多く行ったのみならず、その過程で新たに生まれた作品も存在する。

2017.
11.24Fri

アーダ

この小説における近親相姦は何か比喩のようなものきょうだいや恋愛経験を持たない少年の空想のようなものだと思って読みすすめていた異世界ファンタジーの現実とはまったく接点のない荒唐無稽な設定のようなものだとでも周囲から隠そうとしていたり下の妹のほうは頑なに拒んだりそれでいて家庭というごく狭い範囲恋愛ものは狭い範囲で大騒ぎするのが常ではあるけれどもあまりに狭すぎるで恋愛沙汰が錯綜して揉めたり近親相姦を断罪する父親の性的虐待エピソードが語られたりその語られ方はさもたいしたことでもないかのようだったりどっちつかずでわけがわからなくなった性暴力と恋愛が混同された世界なのかそれとも本来そこは現実と地続きで主要登場人物だけがおかしいのかそれとも加害者の男からみた世界であるというだけで実際にはヒロインは苦しんでいたのか主人公に恋い焦がれるかのように描写される妹は何か別の苦しみを抱えていたのか著者は性暴力をどのように認識していたのかどのような認識でこの小説を書いたのか

まったくの憶測だけれどもこの小説は性暴力と恋愛が混同されていた男性優位社会においてごく当たり前に流通していたポルノを土台として借用しそこに蝶や言葉や共感覚といった関心事を好きなだけ散りばめて書かれたのではないかチャーリー・パーカーが他人のコード進行を借用したように特殊な脳にとっての快楽原則に徹して書くためにそのような手法をとったのではないかという気がするそういう脳が快楽を感じることを全力でやったというか障害をあえて全肯定して特性を全開にしたというか独自のルールに基づいて書かれていてそのルールを読み解く手がかりが離れた場所に散りばめられていたりとかそのためやたら自己言及的であったり著者自身によるふざけた注釈があったりとかとかく尋常でない著者自身にしかわからない快感原則のほかはすべて無視しているかのようだそこでのプロットは売り物として成り立たせるための口実にすぎないこの物語で生々しさを感じさせるのは下の妹を自死に追い込む台詞だけでそれはどちらかといえば加工前の素材がうっかり露出したかプロット上うまく機能するからあえて手をつけなかった部分であるかに見える

この小説を共感して読むのは不可能に思えるなぜならその要素が致命的に欠落しているからだ人間に対する興味は概念化されたポルノ的な美だけで人間を描く物語なら当然対象とするはずの理屈の通らない生身の何かはいっさい感じられない彼のファンは何を求めて彼の小説を読むのだろうおれはアーダが二冊目なんだけどロリータは四半世紀前よくわからずに読んでしまった読み返せば新たな発見があるかもしれないたとえば ADHD であるおれの小説を健常者が本当に理解することはない理解できないとか読みにくいとかいわれるのはそのためだ脳の構造が根本から異なるのだから思考や情動の道筋に同化できないのは当然だむしろ馴染めたらやばいかもしれない障害に何かしら近いものを持ち合わせているということだから障害の種類やサヴァンの有無は違うけれどもこの小説にしても脳に著者と同じ特性を抱えていなければ本当には理解できないと思うし性暴力と恋愛を意図的に取り違えていることを思えば理解できなくてよかったとさえ思う

おそらくこの著者はプロットを情動としてではなくロジックとして理解している高度に概念的で抽象的で他人には理解不可能なロジックだチェスのルールや相対性理論の数式のようなものだ相対性理論はお好みではないようだけれども繁殖のために人間の情動を模倣する外宇宙の昆虫のようだ感情も思考もない人間がなぜそのように行動するか理解などしていない単にコーディングされた機能としてそのようにふるまうこの小説におけるプロットはそのようなものだそれでも情動に基づいておもしろく読まされてしまうのだから空恐ろしいこの小説は恋愛を扱っていながらひとがだれかを思うことを何かの機能のようにしか理解していないあるいはチェスのルールや言葉遊びや蘭の美しさのようにしかそういう世界観だ異世界を舞台にしたファンタジー小説だからといわれればそれまでだけれどもなんとも薄ら寒い心地がするそういう意味でこの小説は傑作なのだと思う

ユーモア感覚もまた異質で困惑させられるさまざまな小説のパロディや駄洒落レベルのセンス他人が笑うか否かという尺度はいっさい介在しない著者自身が笑うという以外の発想がないプルーストのパロディは記憶と時間を扱った小説だからかもしれないけれども駄洒落も含めた言語的な感覚はたぶん昆虫やチェスや蘭の関心や共感覚やペドフィリア的なモチーフと同レベルのものではないかたぶんおれはこの著者と友だちにはなれない日常会話も成立しないだろうそしてそのときには自分の頭が悪いせいのように感じさせられるだろうけれども実際にはそうとばかりもいえない気がするピンチョンのわからなさはもっとカラッと乾いていて単におれの頭が悪くて会話が成立しないのだけれどもでも彼ならサービス精神旺盛だからポーカーフェイスのまま勢いと派手な身振りで笑わせてくれそうな気がするなのできっと大勢が友だちになりたがるナボコフは⋯⋯怖がってみんな避けるんじゃないか他人へのサービスという概念がない自分がおもしろいという以外の何もない

圧倒されながら結びにはまんまと感動させられてしまった思い返してみると感覚的な描写がすばらしかったやはり健常者にはああいう認識の仕方はできない気がするその致命的なまでの異質さに強く惹かれるなるほど好きなものに囲まれていれば自分さえ楽しければそれでいいのかもしれないそうした楽しみにとって共感や情動は自分とは無関係に流れ去る景色のようなものだろう他人を本当に知ることなどできないしできたとしても何の意味もない好きなものは好きだし他人は異質なままだならば小説の世界ではやりたい放題好き放題すればいい言葉さえあればそれをなし得るナボコフ変な作家だな時間をかけて少しずつ掘り下げて読んでみようかなと考えはじめた


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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