なんかへんなものを読んだなぁ⋯⋯というのが読後の正直な感想だ。
この小説は書き手の男性作家ロドリーゴ・ S・M が物語を書き始める前の長い長い独白から始まる。 170 ページまでの本編のうち、 35 ページくらいまでがこの独白に割かれる。 その後、 主人公の少女の日常についてこれまた長い長い描写が続き、 北東部の女 とだけ呼ばれていた少女の名前が明かされ物語が動き出すのは 78 ページ。 その間にもロドリーゴは度々顔を出しては独白し、 時には疲れて書くのを中断したりもする。
ストーリーとしては、 ブラジル北部地方の田舎から首都リオに出てきた身寄りも財産も学もない何も持たない少女に恋人ができて⋯⋯という、 要約してしまえば三十字以内で終わるようなものだ。 しかし背景にある、 何も持たないがゆえに自らの不幸を知りもしない少女、 そんな無数の人々が蠢く世界の底の泥のようなものに沈んだような気持ちになる。 そして訪れた結末に書かれた “ひとりひとりの偉大さ。” という言葉に、 そうした無数の人々をみつめようとする視線を感じる。
私の好みとしては、 前半部分の物語がはじまるまでの作家の独白がいちばんよかった。 男性作家ロドリーゴが書いたという形態を取っているが、 これはほぼ著者クラリッセ・リスペクトルの独白とイコールだろう。 もしかしたら小説を表現する上での作為的な何かがあるのではないかと思って読み進めていったが、 どうもそういう感じはしない。 書くことへの理由づけ、 物語を進めることへの迷い、 自分と似た境遇であろう少女への愛着⋯⋯。 恐らくここにはクラリッセの思考がそのまま垂れ流されている。 それは哲学的といえばそうかもしれないし中二病的といえばそうかもしれない。 印象的な言葉もいくつもあったし、 ピンとこない部分もあった。 小説というより長い散文詩のように感じた。
ストーリーを楽しみたくて本を読むタイプの方にはおすすめしない。 構成も何もなく小説としては全く整っていない。 だが、 作者の思考と綴られている物語が、 作者の脳から流れ出たそのままに近い形で読めるというのは稀有だと思う。 クラリッセの思考を味わえるという意味では良い作品だろうし、 書くことに向き合うひとには何か響くものがあるかもしれない。