D.I.Y.出版日誌

連載第334回: 焚きつけの裏をかく

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2022.
04.20Wed

焚きつけの裏をかく

知り合いもいない外国の戦争で胸が苦しくなったり罪悪感をおぼえたりするひとがいるそうだだったら虐待について話す子ども時代のおれになぜ大人たちは嫌悪まるだしで黙らせようとして頭ごなしに説教するばかりだったのかその子どもは目の前にいたのに少しくらい耳を傾けてもよかったろうに独裁者たちがやっていることはこの国の政治家がやりたがりソーシャルメディアで称賛されていることとおなじだしアフガニスタンで起きていることはこの国の男たちがやっていることの露骨な拡大版にすぎないひとごとで責任を負わなくて済むから胸を痛めることができるそういうことだろ? おれたちの想像力には限界があって似た暮らしぶりのひとびとしか思いやれないひどい暴力は地上のどこにでもあるけれど関心を向ける対象はかぎられるその想像力のためにも小説の翻訳出版って大切だよな権利に払う金を回収する見込みがなければ会議を通らないモールやソーシャルメディアのアルゴリズムはプラットフォームの利益を効率よく拡大する=すでに知られていてなじみ感がありネタ消費に適した商品のみを優先表示しそれ以外の表示を抑制する想像力はかれらの商売に都合が悪い知恵のついたユーザは操りにくいからだ国家が教育でやっていることとおなじだ無知な女・子どもをシャブ漬けにしろとかれらはいう視界を制限して都合のいいものだけを見せ知らない世界を思いやる想像力を奪おうとする抗うだけの体力が企業としての出版社にあるだろうかないのであればあるいはかれらがむしろ加担する側なのだとすれば読者にできることはあるだろうか国家は無知な若者たちをプロパガンダでシャブ漬けにしてろくな戦略も物資も与えずに泥沼の戦場へ送り込む同盟国での演習と聞かされていたらいきなり暴力の渦へ放り込まれた少年たちは兄弟分のおまえらをネオナチから救出してやるんだと叫びながら男たちを後ろ手に縛って後頭部を撃ち女たちを子どもたちの目の前で強姦し子どもたちが避難した劇場を爆破して民家の居間に糞を垂れ幼稚園を占拠してサディスティックなポルノを鑑賞し田舎では見たことのない家財道具を狂喜して略奪し故郷の両親や恋人にプレゼントする男らしいことだ元気があってよろしいそれをいいことだと教わったかれらは戦争が終わってもその営みをつづけるだろうおそらくは合法的に国家や企業がそれを支える無知な女・子どもをシャブ漬けにし劣った兄弟分に道理を教えるのがいいことだと教えるのが出版だとしたらそれでもあんたは牛丼を喰うのかい?

 くみたさんの装画おれの仕事はロゴを足すだけなので作業はすぐに終わったのだけれどしみじみと見入ってしまうかつてなく苦労されていてもうふだんの画風でいいんじゃないのと申し伝えたのだけれどいやこの表現には必然性があるのでとの返事だったのがいまになってこういうことかとわかる彼女と話していてわかった。 「そのデザインで何をやりたいのかが大事なんだな装幀は本をあらわすものだからデザインに作品本文の意図を実現する必然性がなければならないこれをやりたいがためにこうしましたという理屈がなければならないあとはその手段を洗練するだけ先日の自著の失敗例でいうと血の色の花には必然性があった描き文字にも漫画的表現にも必然性がなかった書名と著者名は対比であるべきで書名はデザイン性の強いフォントでなければならなかった出版社名はいつもとおなじ書名のフォントは連載時とおなじであるべきだった軸がぶれていた編集者はこのままでは違う」 「これは完成形ではないということまではわかるしかし作品の意図やその実現手段まではわからないあるべき必然性とは何かそれは著者あるいは画家自身でなければわからないだから伴走者として何をやりたいのかを聴取しともに探り出す作業が必要になるプロの作家になろうとしていた若い頃編集者たちがおれの資質とは真逆の指示ばかりしてきてさんざん振りまわされたあげく一銭ももらえなかったことがあったかれらにはこれはよくないということまでしかわからず正解は作家自身のうちにしかないそれを当時は理解していなかったそこで学んだのはあなたはこの表現で何を実現しようとしているのかという聴取の大切さ意図がわかればあとは作家自身がそれを明確にする方法を見つける編集者にできるのは作家が自分の意図を見極める手伝いまでであとは作家がひとりで自分に向き合わなければならないおれの聴取や技能の不足はあるかもしれないけれど伊藤さんの本でも編集者としては極力著者の意図を実現しようと努力したつもりだあとはおれ自身にどんな本をつくりたいかの明確な軸があるかどうかでこれはわりと揺るぎなくある自分自身であるための力を言葉に取り戻すためだ

 おれはインターネットの各種プラットフォームと相性が悪いとりわけソーシャルメディアや Amazon のようなモールとの相性が最悪プラットフォームのアルゴリズムと親和性のある伊藤さんみたいな才能がうらやましいおれはこの四半世紀日本語で書かれて売られている小説に違和感しかない憶測だけれどおれが苦手な価値観に偏ったものしか会議を通らないことに加えて読者を育てる努力を出版業界が怠ってきたからだと思う信用ならないからおれが自分でやったほうが早くて確実だと思ったあれこれ実際に試してみて著者と読者とそのあいだを取り持つ仲介者のほかはなるべく排除したほうがいいんじゃないかと考えるようになった仲介者は編集者であるかもしれないし書評家であるかもしれないあるいは読者自身であるかもしれないオフライン書店については問合せに応じたら本物の出版社ではないことを悟られたのか音信不通になったりソーシャルメディア上で Amazon に批判的なことを書いたら青山ブックセンターで働いている友人に失礼だと筋違いの苦情を書店員から受けたりして意思疎通の難しい業種であるのを知りかかわりたい気持を失った流通についてはまず取次は実績のある企業でなければ相手にしてくれないことを知ったなんだかスノッブな業界に感じられたし紙束をある場所から別の場所へ移動させるためだけに厄介な手続が多すぎるし時代に合わなくなった仕組みにも感じられた雑誌の主戦場が電子へ移行したのに雑誌を配本するのに便乗して書籍を運ぶ意味もわからないかかわる意味はないと判断したいずれはコンビニの複合プリンタがエスプレッソブックマシンの機能をもつと思う凝った装幀はいまは存在しないか注目されていない別の業種が担うようになるいまでも文庫本をハードカバーに仕立てる業者さんがいるけれどあの手の業種がいずれその役割に発展するかもしれない

 紙の本と電子本は異なる役割をもつ印刷物やヴァイナルのような物理媒体は残るしそれ自体が商品だ本や音楽の電子的情報は権利ビジネスであり権利者が許すあいだだけ利用できるものでしかない電子図書館という概念は黒い白馬みたいなものだ社会的ミッションを前提とした図書館の定義と本質的に矛盾する一方でよりの本質に近いのは電子書籍だとも思うパッケージされていて隠れて読むことができるそのひとがそのひと自身であるための拠り所とするには可搬性と秘匿性が重要だ一方で電子本は容易に書き換えられてしまう。 「 焚きつけ Kindle を商標とした Amazon が最初からそこに留意しているのは興味深いただかれら自身はすべての本を好きに書き換えられるし絶版にもできるほかの本とすり替えることもできるプラットフォームは利用者の視界を支配することで利益を得ているそのための配慮であるのは疑いようもないブロックチェーンに類するもので同一性を担保された著者=出版者がおなじ手段で同一性を担保されたソーシャルメディア機能をもつ著者=出版者のウェブサイトで epub と POD を売るつまり著者自身がプラットフォームとなるのが最終的な目的地でそうならなければ出版と読書に未来はないこのことは人格 OverDrive で何度も試してきているのだけれど利用者に理解してもらうことがどうしてもできない先日まで ActivityPub で Fediverse に対応していたのだけれどこれは早すぎたようだ著者とのやりとりは密室ゆえのトラブルが生じがちで安全性の担保のため書面に残す方法をいまは選んだつまりメールだしかしいずれは公開の場でやりとりすることでその担保を実現するとともにそれ自体を読書体験と販促につなげたいと考えているこのことは 2016 年にも試そうとしたが理解が得られずうまくいかなかったいずれまた試したい

 出版の民主化おれにとって出版と読書はおれ自身であるために必要なことだその妨げになるものは国家であろうと企業であろうと出し抜いてやる生身の悪意であろうとアルゴリズムであろうとその第一歩をおれははじめたつもりでいる


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。