意外に思うひともいるかもしれないけどおれはかれの小説にわりと影響を受けているんだよ。 社会病質の車に撥ねられてから這い上がって書いた 『ドリームキャッチャー』 までは大半の長編は読んでいた (『呪われた街』 だけは地元図書館に収蔵された文庫本があまりに多くの利用者に読まれて不潔な状態だったので読んでいない)。 かれの本は先行作品への言及が必ずあって、 ジョン・アーヴィングについて触れられている作品はたいがい好みだ。 この本もそうなのだけれど、 どちらかといえばアーヴィングよりジャック・フィニイやリチャード・マシスンといった 50 年代 SF 小説の古典を連想した。 のんびりした当時の空気感や郷愁、 それでいてどこか抑圧された野卑な感じが似ている。 日本でいえば西岸良平。 理想化されたファンタジーとしての映画版 (別にそれもきらいじゃない) とちがって、 原作には雑な社会の残酷さが見え隠れする。 青少年による兇悪犯罪の発生率が高かったり、 その被害者があべこべに批難されて村八分にあったり、 性暴力の被害者が加害者とむりやり結婚させられたりした時代。 世の中のそうした側面を、 愛らしい作風でありながら西岸良平は隠していない。 ホラーの大家による本作品でも同様で、 懐かしみながらも白人男性にとっての牧歌的な時代とはどういうことか、 ちゃんと書いてある。 だからこそバージニア州マディソン郡の教育委員会が 『骨の袋』 『IT』 とともに公立高校の図書館から排除したんだろう (有色人種が読む分には若干のホワイトウォッシュ感は否めないけれど、 難癖をつけたい感じではなく、 むしろ付け焼き刃ではない筋の通った信念が感じられて、 好感が持てる)。 ディケンズの小説がしばしばそういわれるように本作でも悪役がステロタイプだと批難されているようだけど、 わかってないなと思う。 本物の社会病質ってこうなんだよ。 そこには何か理屈では説明できない邪悪なものがあって、 普通の人間とはちがうんだ、 まるでかれの小説に出てくる 「それ」 みたいにね。 大統領が暗殺されない時間線で世界が余計にひどいことになる話は、 英国にも米国にもミステリにも SF にも属せない居心地の悪さが語られるスラディックの 『遊星よりの昆虫軍 X』 を連想した。 でもそれが主題かといえばぜんぜんそんなことない。 販促用にあらすじを大雑把に説明するなら 「世界を救うために過去に遡ってケネディ暗殺を防ぐ話」 ってことになるんだろうけれど、 実際にはそれは重要ではない。 かつて高校教師だった偉大な作家が当時を懐かしむ恋愛ファンタジーなんであって、 実際の主題は DV を人間性がいかに克服するかってこと。 額面通りに受けとってサスペンスを期待しても裏切られはしないけど、 どちらかといえばそれは口実にすぎず、 読者だって了解しているのに、 「本筋」 からの逸脱を読者にたいして後ろめたく感じるかのような弁解がましいところが多々ある。 いいんだよ偉大なる父にして王よ、 あなたのいいたいことはわかってる。 これを読ませてくれてありがとう。 SF で時間旅行といえば 「たんぽぽ娘」 を引き合いに出すまでもなく恋愛だよね。 そしてあなたが過去のアルコール中毒で家族にどれだけ負い目を感じ、 はかりしれない感謝をしているか伝わってくる。 あるいはこれはある特定の世代の米国白人男性にとって、 国というよりも家族の歴史の物語なのかもしれない。
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古き良きSF
読んだ人:杜 昌彦
(2023年02月06日)
(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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